Interview

七篠さよインタビュー|『楽しい』が6割、『悔しい』が4割。七篠さよを動かす創作の原動力

七篠さよインタビュー|『楽しい』が6割、『悔しい』が4割。七篠さよを動かす創作の原動力

「前だったら妥協できたけど、今はここを妥協できないな」と思うことも増えています

――今年で活動4周年を迎えましたが、4年間の活動を振り返ると、どんな時間でしたか

すごくざっくり言うと、最初の歌い手時代から今まで、ずっと軸にあるのは音楽でした。何か企画をするにしても、何かに挑戦するにしても、全部音楽を通してやってきた4年間だったなと思います。デビューして半年後には、7か月連続でオリジナル楽曲をリリースしていたので、自然とそういう活動になっていきました。

――7か月連続リリースが、人生初のオリジナル楽曲だったんですか?

そうなんです。実はそれまで、人前でアーティストとして歌う経験はほとんどありませんでした。本当に普通の生活を送っていて、音楽の経験といえば、高校生くらいまで合唱団に所属していたことやピアノをやっていたことくらいです。

音楽にはずっと触れていましたが、自分の曲を作ってライブで歌ったり、メディアで届けたりという活動は、それまで一度もしていませんでした。

――そこからデビューして半年後に7か月連続リリースをやろうと思えたのはすごいです

当時からVTuber界隈にも素敵な音楽がたくさんありましたし、歌い手時代から知り合いだったボカロPさんも何人かいたんです。「自分の好きな音楽を作っている人と一緒に制作したら、どんな作品が生まれるんだろう」という純粋な興味があって、お願いし始めたのがきっかけでした。

私は作曲はできないので、自分が好きな音楽を作っている人たちと一緒に、自分の音楽を形にしていくこと自体が面白かったんです。

――まずはやってみようというスタンスだったんですね

「とりあえずやってみよう」という考え方は昔から変わらなくて、実験感覚で挑戦することが多いですね。最初から完璧を求めることはなくて、その時の自分の実力や等身大の自分をちゃんと見ながら、「今回はここまでできたから、自分の中では100点」という基準で積み重ねてきました。

その小さな積み重ねを繰り返しながら、少しずつ自分のハードルを上げてきた結果が、今の活動につながっているんだと思います。

――少しずつハードルを上げていくことが、活動のモチベーションにもなっているんですね

そうですね。妥協することを悪いと思う人も多いと思うんですけど、私は妥協自体は悪いことではないと思っています。今回できなかった部分が、次のステップや次にやりたいことにつながっていく。それが数珠つなぎになって活動を継続できるなら、楽しいし、それでいいじゃないかと思うんです。

ただ、活動を続けてできることが増えたからこそ、求めるクオリティや周りから求められるクオリティも上がってきました。「前だったら妥協できたけど、今はここを妥協できないな」と思うことも増えています。活動を長く続ければ続けるほど、どんどん難しくなっていくんだなというのは、丸4年続けてきたからこそ最近感じるようになりました。今の悩みでもありますね。

「今回、こんなに悔しかった」という気持ちを、今度は楽曲として形にしたいと思うんです

――活動を振り返った時、「楽しかった」「つらかった」といった感情の割合はどのくらいですか?

楽しいが6割、悔しいが4割くらいだと思います。

――その「悔しい」は、何に対する感情なのでしょうか

いろいろな人の活動を見た時に、「これ、すごくいいな」と思うのと同時に、悔しいと感じることがあるんです。「めちゃくちゃいい。悔しい。自分もこんなものを作りたい」と思って、その気持ちを原動力にしています。

――活動の成果というより、クリエイティブに対する悔しさなんですね

私自身はデザインや作曲ができるわけではないんですけど、何かを始める時は基本的に、「これをやったらめちゃくちゃ面白いんじゃないか」「この人とこの人にお願いしたら、いいものができそう」と考えて、まず連絡してみるところから始まります。

悔しさは、制作を進めていく中で何かを見たり感じたりした時に、「今回はもっと上手くやろう」「もっといいものを作らなきゃ」と思うための、原動力のひとつになっています。

――これまでの活動で、特に悔しさを感じた出来事はありますか?

友達や共演者のライブを見た時ですね。ありがたいことに、これまでいろいろなイベントや3Dスタジオでの配信ライブに出演させていただき、たくさんの方と共演してきました。

自分とは違う方向性の音楽をやっている方を見た時に、「こういうパフォーマンスの仕方があるんだ」とか、「歌でこんなふうに感情を表現できるんだ」と思うことがあります。

リリースされた楽曲やMVを見る時よりも、ライブで目の前にした時の方が、直接的に衝撃を受けることが多いですね。

――直近で、特に印象に残っているライブはありますか?

7月11日、12日に開催された「SHORELINE 2nd」です。私はDAY2に出演させていただいたんですけど、あの日はずっと悔しかったですね。共演者のみなさんとは、音楽のジャンルも方向性も違いますし、歌い方やキャラクターにも強い個性がありました。

ありがたいことに、その日は私がトリを務めさせていただいたんですけど、みなさんを見ていて「自分はまだまだだな」と思ったんです。

――具体的に、どんな部分でそう感じたのでしょうか

歌や技術はもちろんですけど、演者としての立ち振る舞いや動き、仕草、トークの内容も含めてですね。歌以外の部分も含めて、全体を通して見た時に、「VSingerなのに、まだ全然スキルが足りていない。もっと頑張らなきゃ」と思いました。悔しいというより、自分がまだまだ情けないと感じたという方が近いかもしれません。

――十分に舞台慣れしているように見えましたが、それでもそう感じたんですね

前日に友人と現地でツーマンライブをやっていたんです。そのライブでは、自分の中でかなり楽しくやり切れた感覚がありました。反省点はありましたけど、それ以上に達成感が大きかったんです。

ただ、次の日の「SHORELINE 2nd」で、できたと思った瞬間から一気に突き落とされたような感覚になりました。「もっと頑張らなきゃ」と強く思いましたね。悔しさはありましたけど、「こういうこともできるんだ」「こんな表現もあるんだ」と、すごくいい刺激を受けた日でもありました。

――そういった経験は、自分の作品にも影響しますか?

すごく影響します。ただ、ほかの人のオリジナル曲を聴いて、「こういうジャンルの曲を作りたい」と思うというよりは、その時に感じた悔しさや刺激といった感情を、次の作品にしたいと思う感覚に近いです。「今回、こんなに悔しかった」という気持ちを、今度は楽曲として形にしたいと思うんです。

――悔しさそのものが、作品を作るエネルギーになっているんですね

感情が作品のきっかけになるという意味では、怒りを原動力にしている人に近いのかもしれません。ただ、私にとって音楽は、もともと落ち込んだ時やつらかった時に、自分の心を支えてくれるものでした。

だから、自分が表に出すものについては、見てくれた人や関わってくれた人に、前向きな感情を持ってもらえるものにしたいと思っています。活動を振り返って、楽しいが6割と言ったのは、そこにつながっています。

――自分の中にある感情と、届けるものは切り分けているんですね

そうですね。エンターテインメントや音楽には、みんな何かしら非日常を求めていると思うんです。今いる状況から少し離れたいとか、気持ちを切り替えたいと思って、音楽を聴く人も多いんじゃないかなと。私自身がそうだったので、より強く感じます。だから、聴いてくれる人や見てくれる人はもちろん、一緒に活動してくれる仲間に対しても、そういう部分を大事にしたいと思っています。

――他に悔しいと感じた局面はありますか?

強いて挙げるなら、昨年のワンマンライブのチケットを完売できなかったことくらいです。あと十数枚で完売というところまでいったんですけど、そこには届きませんでした。

ただ、たくさんのお客さんが来てくださって、結果的には開催してよかったと思えたので、それほど後悔しているわけではありません。基本的には、一つずつ積み上げながら、着実に通過してきた感覚があります。

失敗が多かった人生の中で、今の活動では一歩ずつ前に進めている。それは活動を続けていて強く感じることですね。

――バーチャルの音楽シーンで活動を広げていくのは、特殊な難しさもありますよね

「どうして私はこんな茨の道を選んでしまったんだろう」と、今さらながら思います(笑)。実際に活動していて、人とのつながりはすごく大きいと感じます。私は何の人脈もないゼロの状態から始めて、この4年間で少しずつ関係を築いてきました。

だからこそ、別の姿でやり直したいとは思わないですし、終わるなら七篠さよのままで終わりたいと思っています。これまで七篠さよとして地続きで関わってきた人たちがたくさんいるので、その人たちとのつながりを無駄にしたくないんです。浮き沈みはありますけど、やれるだけやってみようと思っています。

「七篠さよ」をみんなに見てもらうために、自分自身を前に出すことがずっとうまくできなかったんです

――現在またワンマンライブを控えていますよね。準備期間だと思うのですが、いかがですか?

そうですね。ちょうど今、チケットが売れるかなとソワソワしながら動いています。ワンマンライブ自体も増えてきて、「どうやって届けていこうか」と試行錯誤しているところです。

今回は代理店を挟まず、全部個人で準備していて、友人たちにもスタッフとして入ってもらいながら進めています。昨日も3時間くらいミーティングをして、「どうする?」「どうする?」とみんなで話し合っていました。このタイミングで取材していただけるのは本当にありがたいです。

――これまで活動してきた中で、変わらない方針と、変わっていった部分はありますか?

変わらないのは、私が「七篠さよ」として表に立つ時に、見てくれた人が「明日ももう少しだけ頑張ってみよう」「もう一歩踏み出してみよう」と思えるものを届けたいということです。これは自分の活動テーマやキャッチコピーのようなもので、デビューしてからずっと変わっていません。

――変わった部分はありますか?

もともと私はかなり流されやすくて、あまり自分の意見を言わないタイプなんですよ。協調性がすごく高くて、集団で何かをする時には、みんなの調和を保つために動くのが得意でした。ただ、その性格もあって、「七篠さよ」をみんなに見てもらうために、自分自身を前に出すことがずっとうまくできなかったんです。

でも、いろいろな人と関わって刺激を受ける中で、自分がこだわりたいことや意見を飲み込まず、少しずつ言えるようになってきました。特に音楽制作に対しては、それが大きく変わったところだと思います。

――自分の性格に関わる部分を変えるのは、かなり難しいですよね

今もできているかと言われると、まだわからないです。個性の強い人が目の前にいると、自分は一歩引いて様子を見たり、相手に合わせたりする方が得意なので、どうしてもそちらに寄ってしまいます。ただ、自分の楽曲制作では私が主体なので、そこでは意見を言えるようになりました。

関わってくれた方々が「もっと言っていいですよ」と伝えてくれたことで、「言っていいんだ」と思えるようになったんです。オリジナル楽曲を作り始めて3年くらい経ちますが、その中で徐々に変わってきた部分だと思います。

――具体的に、その変化が表れた作品はありますか?

今年4月にリリースした「夜のはじまりに、僕はいる。」ですね。作曲家さんと「ここはもう少しこうしたい」「こういう形にしたい」と、お互いに意見を出しながらキャッチボールをして、本当に自分が納得できるものを作りました。

――これまでは、作曲家の解釈に委ねることが多かったのでしょうか

そうですね。これまでも自分がやりたかったことは、ありがたいことにうまく形にしていただけていたので、以前の作り方が悪かったわけでは全くありません。

ただ、今回は「音楽の中で、もう少し自分の我を出してもいいんじゃないか」ということを意識しました。実際にそれができた作品だったと思います。

自分にはまだ全然実力がないことに気づいて、心がポキッと折れちゃったことがあったんですよね

――音楽制作以外の活動にも変化はありましたか?

最初の1年くらいは、マルチタレントのような感覚で、いろいろなことをまんべんなくやっていました。その中で、少し歌の割合が多いというくらいでしたね。今はほとんど音楽関連です。歌枠や音楽ライブの同時視聴が中心で、たまに雑談をするくらいになりました。

――最初は、一般的なVTuber活動を一通りやってみたんですね

そうですね。活動そのものが楽しかったですし、「こういう世界があるんだ」と思って始めたので、まずはみんながやっているオーソドックスなものを一通りなぞってみました。

――そこから音楽に絞ったのは、音楽をやるなら本気で向き合わなければいけないと思ったからですか?

本当にその通りです。私の中で音楽はすごく崇高なものというか、好きすぎるからこそハードルが高かったんです。「お遊びではできない」と思っていました。

当時の自分は「音楽をやっています」と言えるレベルではないと思っていましたし、アーティストとして活動してきた実績もなかったので、「歌をやっています」ともなかなか言えませんでした。

――そこから音楽に注力しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか

活動を1年くらい続けた頃に、自分はゲームが特別上手いわけでもないし、そこに強いモチベーションがあるわけでもないと気づきました。デビューした年の冬頃、歌をやる上で、自分にはまだ全然実力がないことに気づいて、心がポキッと折れちゃったことがあったんですよね(笑)。

でも、それをきっかけに「じゃあボイストレーニングに通おう」と決めました。デビューした翌年から「VSingerです」と名乗って、「これから自分の楽曲をたくさん投稿していきます」と宣言して、本格的に音楽活動を始めました。

――オリジナル楽曲を作り始めた時、大変さや抵抗はありませんでしたか?

抵抗はあまりなかったですね。ただ、何もわからなかったです。「楽曲ってどうやって作るの?」「レコーディングはどうするの?」という状態でした。

最初の頃はスタジオのあてもなかったので、自宅で録音して、それをミックスしてもらっていました。本当に何のツテもない状態から、手探りで始めた感じです。今振り返ると、よく7曲も作ったなと思いますね。

――これまで個人勢とは思えないほどオリジナル楽曲をリリースしていますよね

もともとは歌い手として活動を始めたんです。歌い手として1年くらい活動した頃に、Vtuber活動している友達と出会いました。その子が「VTuberにならないか」と誘ってくれたんです。

当時はVTuberという文化自体をほとんど知らなくて、「そんな世界があるんだ、面白そう。なれるならなりたい」と思って、そのままデビューしました。それが今から4年くらい前ですね。

VTuberを始めた当初はゲーム配信などもしていましたが、歌枠が多かったですし、活動を始めて半年くらい経った頃に「やっぱり自分の曲が欲しい」と思って、オリジナル楽曲の制作を始めました。

――かなり幅広いジャンルを歌っていますよね

音楽として一番好きなのはロックなんですが、邦楽やJ-POPもたくさん聴いてきましたし、アニソンも大好きです。自分の好きな音楽はロックだけではないので、自分のルーツや好きな要素を大切にしながら、ジャンルにとらわれず、いろいろなものに挑戦していきたいと思っています。

――さまざまなジャンルに挑戦しても、軸がぶれないのはなぜでしょうか

様々な自分の好きな音楽をやっているので、一見するとぶれているように思われるかもしれません。ただ、私は最終的にどこかでひとつにまとめることを考えています。たとえば、アルバムを作るタイミングですね。

いろいろな場所にあったものを集約する機会が必ず来るので、その時に点と点を線にする作業をします。たぶん、私はほかの人とは少し違う作り方をしているんだと思います。

――楽曲は、普段どのように制作しているのでしょうか

基本的に、今も3曲から4曲くらいを同時進行で作っています。作曲してくださる方にお願いして、楽曲が上がってくるまで待つ時間があるので、その間に別の曲を進めていくんです。

今回のミニアルバムは例外ですが、それまでの作品は、「今回はこういうテーマの曲を作りたいから、この方にお願いしよう」と、1曲ずつ別々にスタートしていました。

ただ、最終的にどこかでまとめることは最初から決めています。アルバムを出す時期など、ひとつの区切りを作っておいて、そこに向かって複数の楽曲を並行して進めていきます。

――最初からアルバム全体のコンセプトを決めているわけではないんですね

そうですね。たとえばセカンドアルバムを作った時も、まずは複数の楽曲を並行して制作していました。春にリリースすることは決めていたので、時期が近づいてきた段階で、そろそろひとつにまとめなければいけないと考え始めました。

そこで、制作中の楽曲を一度すべて並べて、「そもそも、どうしてこの曲を作りたいと思ったんだろう」「どんな気持ちから始まったんだろう」と、それぞれのスタート地点を振り返ります。「この曲はこういう気持ちで作っていたな」「こういうコンセプトならつながるかもしれない」と考えながら、ひとつずつ紐付けていくんです。

――その話を聞くと、アルバムの聴き方も変わりそうです

普段の配信でも、楽曲を作った意味や背景について話す機会は設けていますが、すべてを語り切るのは難しいんですよね。

誰かに聞いてもらうことで、その時には言葉にできなかったことを、「実はこういう背景があった」と改めて話せることもあります。

――セカンドアルバムでは、nano.RIPEさんに楽曲を提供してもらっていますよね

nano.RIPEさんに楽曲を作っていただいて、作詞は私が担当しました。nano.RIPEさんの楽曲に自分で歌詞を書くという、とんでもないチャレンジでした。しかも、それが初めての作詞だったんです。

最初の3か月くらいは何も出てこなくて、かなり苦労しました。ヘトヘトになりながら書いた記憶があります。

――初めての作詞で、憧れていたバンドの楽曲に言葉を乗せるのは、かなりプレッシャーがありそうですね

自分が見ていたアニメの主題歌を担当していたバンドに、楽曲を作ってもらえるなんて、そんな世界があるんだと思いました。

自分にしか作れないユニークなものを生み出していきたい

――最初は自宅録音だったそうですが、現在はどのようにレコーディングしていますか?

今は、いつもお願いしているレコーディングスタジオとエンジニアさんがいます。スタジオ並みの機材を持っている友人もいるので、そちらにお世話になることもあります。

セカンドアルバム以降は、基本的にすべてレコーディングスタジオで収録しています。今年リリースしたミニアルバムもスタジオで録って、ディレクションにも入っていただきました。

――個人で活動しているとは思えない制作体制ですね

本当にご縁だと思います。活動を続けていく中で誰かに紹介していただいたり、楽曲をお願いした方に「レコーディングのディレクションもお願いできますか」と相談したりして、少しずつ今の体制になっていきました。

最初は何もわからないまま、「とりあえずやってみよう」と、はちゃめちゃに動いていただけでした。でも、それが今に繋がっているので、やってきてよかったと思います。

――ここからは、音楽的なルーツについて聞かせてください。初めて自分で買ったCDは覚えていますか?

坂本真綾さんの『30minutes night flight』というコンセプトアルバムです。当時の新譜ではなくて、ジャケットがかわいかったので買いました。もともと坂本真綾さんのことは大好きでした。

CDショップに行くこと自体は好きだったんですけど、自分でCDを買ったことはまだなくて。初めて買うなら好きなアーティストの作品にしようと思い、坂本真綾さんのコーナーを見ていた時に、そのジャケットが目に留まりました。

――音楽を聴くようになったのは、ご家族の影響も大きかったのでしょうか

すごく大きいです。物心がついた時には、もう身近で何かしら音楽が流れていました。父親はあまり音楽に興味がなかったんですけど、母親がフォークソングをはじめ、とにかく音楽が好きで。小さい頃からディズニーやジブリの映画をよく見ていましたし、子ども向けの音楽番組も見ていました。車の中でも必ず何かしら音楽が流れていたので、そういう環境の影響は大きかったと思います。

――ご家族が聴いていた中で、現在のルーツになっているアーティストはいますか?

松任谷由実さんやゴスペラーズさん、ゆずさんなどですね。本当に幅広く、いろいろなJ-POPを車の中で聴いていました。

――その後、自分で出会って強く影響を受けたアーティストは誰でしょうか

坂本真綾さんもそうですし、サカナクションも大きいです。もともと別のアーティストを目当てに行った企画ライブに、対バン相手としてサカナクションが出演していたんです。野外で開催されたライブだったと思います。

その時は何も予習せずに見たんですけど、本当に衝撃を受けました。急にステージの前で、メンバーが大きな打楽器を二人で叩き始めて。「バンドじゃなかったっけ?」と思うくらい、今まで見たことのないライブだったんです。

当時の私は、ギター、ベース、ドラム、ボーカルという王道のバンド編成が好きでした。スリーピースや4人組のバンドをよく聴いていたので、サカナクションのような、これまで見たことのない構成や見せ方でライブをするバンドを目の前にして、電気が走ったような感覚がありました。

――専門的な知識ではなく、純粋に音の新しさに衝撃を受けたんですね

そうですね。私はバンドをやっていたわけではないので、専門用語はわからないんです。でも、いろいろな音楽を聴いてきたからこそ、「何をやっているのかはわからないけど、すごい」「こんな音作りは聴いたことがない」と感じました。「こういう音楽もあるんだ」「音楽では、こういうことをしてもいいんだ」と思わせてくれた存在です。

――今後、目標にしていることを教えてください

音楽活動をしていると、「メジャーデビューしたい」「アニメの主題歌を担当したい」「武道館でライブをしたい」といった大きな目標を持つものだと思うんですけど、実は私は、そこにあまりピンと来ていなくて。

もちろん、アニメや何かのタイアップができたり、ラジオで自分の曲が流れたりしたら嬉しいです。ただ、そこにたどり着くまでのハードルがとても高いこともわかっているので、今の自分にはまだ遠いものとして感じています。

それよりも、できる限り音楽を続けていきたいという気持ちの方が強いです。もっと楽曲を作りたいですし、七篠さよだからこそできる、自分にしか作れないユニークなものを生み出していきたいと思っています。

2nd One-Man Live『明日を待つ街で、僕らは歌う。』

日時:2026年11月28日(土)
場所:東京都内某所
時間:開場 17:00 / 開演 18:00
チケット:https://t.co/0vGJ9htwc1